坐禅会の雰囲気は?


広島テレビに紹介された画像がありますので雰囲気を見てみましょう。


お寺はとてもよい立地にあります。
広島呉道路の終点すぐです。
 駐車場もあります。左の「境内のご案内」「地図」を参照してください。

かつて呉海軍の士官たちの精神修養の場で
あった少林雲坐禅堂であなたも心を落ち着けてみませんか?

肉体的に厳しいのと、精神的に厳しいのとでは、違います。

熱心な人にはそれだけ得るものがあるはずです。

『三分座れば三分の仏』

まずはお経からです。大きな字で振り仮名もあるのですぐに読むことができます。 般若心経を憶えてしまったのでもう経本を持ってない人もいますね。

主婦、勤め人、受験生や企業経営者、お茶人、医者、剣道の指導者、自衛官など、さまざまな人々が訪れます。

講話は、わかりにくく難しい漢文を、わかりやすく、おもしろく。

時には英語やフランス語までまじえて、ありとあらゆる視点から話題が飛び出します。

『Le bonheur est partout: il n'est que de le trouver.』


幸せはどこにだって隠れてる:それを見つけるだけ。



気づきを得ること、それを重ねていくことが悟りへの道です。


まずは座禅を「知っている」から「したことがある」にしてみましょう。


明かりを落とし坐禅が始まったらそこはもう静寂の世界です。呼吸を整えて落ち着いて。

呼吸が苦しくなくなって緊張感がほぐれてきたらしめたもの。楽に座ることができるようになるはずです。


ここでは自分の真価を問われます。身に着けているものでもなく、身分でもなく、
赤肉団上一無位真人あなた自身です。


きちんとした座り方ができなくても坐禅は心。
「やってみたい!」という一方で不安もありますがまずは無理のない座り方でいいでしょう。

できなければ正座でも、座椅子に座っていてもかまいません。御尻に座布団を折って敷くのであまり苦にはならないはずです。


ついうっかり楽をしすぎてしまったら自らを省みて合掌。
警策棒を打ちます。

もとは馬をはっとさせ、走らせるための鞭だったんです。


座る時間が終わったら坐禅が終了ではありません。行住坐臥のすべてが備わっていなくてはなりません。世の中での応用ができて初めて自分とあらゆる衆生を救えるのです。


坐禅をイメージで捉えるのではなく、一度自らが実践してみてください。

はじめは「私は何でこんなところでじっと座ってるんだ・・・・?」 という思いがわいてくるかもしれません。


自分の心に目を向けることからスタートです。


まだまだ・・・・。